“あなたの燃える手で、あたしを抱きしめて…。”このフレーズは日本人には特に馴染みの深い歌詞であるといえるだろう。戦後の日本の歌姫、越路吹雪の代表曲だ。そしてこの名曲「愛の讃歌」の生みの親が、世界の歌姫エディット・ピアフである。その歌声は有名だが、彼女がどんな人物だったのか、彼女の人生がいかに波瀾に満ちたものだったかはあまり知られていないのではないか。不遇な生い立ちの中で開花した天賦の才能、数々の運命的な出会いと別れ、歌うことへの激情、身長142cmの小柄な体からみなぎるエネルギッシュな歌声、成功の喜びと表裏の深い絶望や辛酸、全身全霊を捧げた恋人への愛……。本作『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』は、47年という短すぎる人生を劇的に駆け抜けていったピアフの壮絶な生き様をありありと描き出す。20歳から47歳までのピアフを演じるマリオン・コティヤールのなりきりぶりが圧巻だ。表情、歌い方、体や舌の動かし方、小さな息遣いさえも体得していて、まるでピアフの生き写しのよう。そんなコティヤールの熱演は勿論のこと、時制を巧妙に交錯させるストーリー構成や当時を忠実に再現した舞台セットなどが、2時間20分の大河ドラマをきっちりと見せてくれる。 時代を超え、国境を越え、ピアフの歌は歌い継がれている。ここ日本でも、彼女が残した名曲の数々「愛の讃歌」「バラ色の人生」「水に流して」「ミロール」などを、越路吹雪に始まり、美空ひばり、加藤登紀子、美輪明宏、中島みゆき、桑田佳祐、椎名林檎、SOPHIAなど、世代・ジャンルを超えた多くのアーティストが歌い継いでいる。1963年10月に短い生涯を閉じたピアフ。彼女の葬儀にはパリ中から人が集まり、交通網が完全にストップした。パリの交通が麻痺したのは第二次大戦以降初めてのことだったという。世界の人々に愛され、ジャン・コクトー、マレーネ・デートリッヒと交友を持ち、シャルル・アズナブール、イヴ・モンタンを世に送り出した不世出の歌姫の47年の人生は21世紀になった今もなお、輝きを放ち続けている。 エディット・ピアフ――気性が激しく奔放、しかし人一倍、孤独を恐れ愛を求めたひと。歌無しには生きられなかったひと。まさに愛を歌うために生まれてきた天性の歌姫が、生き急ぐかのようにその小さな体から発し続けた歌声は、彼女の魂そのものだったのだと感じずにいられない。不朽の名曲誕生に秘められたドラマとともに、ピアフの力強く伸びやかな歌声を堪能してほしい。