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CAN MAGAZINE FEATURE
約1年半ぶりとなる新曲は、これからのアーティスト活動における意思表示、あるいは先々の人生に対する決意表明とも受け取れる力強いメッセージ・チューン。中村雅俊の今後を占う意味においても存在感の大きな注目の作品といっても過言ではない。
「これから先を生き生きとした歩調で歩んでいくためにも、少々青臭くてもピュアな少年らしさは失くしたくないんです」
昨春、シングル「コスモス」をリリースする際、中村雅俊はそんなふうにコメントしてくれた。さらに「人生を山登りに例えるなら、今はちょっと小休止して、自分が辿ってきた道のりを思い返しているような段階なのかな」とも。
実際に“自分が辿ってきた道のりを思い返して”みた時、彼の胸にどんな思いが去来したのかはわからない。ただ、デビュー35年目を迎えた今、未知なる山の頂を目指して、新たに力強い1歩を踏み出したことは確かなようである。前作から1年4ヶ月ぶりとなる、リリースしたばかりの新曲には、そう感じずにはいられない、本源的なエネルギーが満ちていた。
その新作のタイトルは「涙」。些かセンチメンタルなニュアンスを宿した女性的なイメージの強い言葉ではあるけれど、男性にとってのそれは、女性の場合とはまた違った重みのあるキーワードとなる。これまでに幾度かこぼした涙を糧に押し寄せる荒波に立ち向かうパワーに換えて歩を進める男気。人生の折り返し地点を過ぎた男が、自らの過去やここまで刻んで来た足あとをなぞり、現在のおかれている状況を見つめ、今後に思いを馳せることによって沸き起こる哀切感、ノスタルジー、焦燥、愛する人や家族へのひとかたならない愛情、未だ見果てぬ夢を照らす一条の光り、新たな高揚感……が、簡潔な言葉で歌われている。そうした詞の世界観を確認する限り、ここに描かれている心情こそが、一旦“小休止”してみることで得たひとつの答えのようにも思える。
そのため一見(聴)すると、同世代に向けた応援ソングのようでもあるが、記されたディテールは世代や性別を問わずに当てはまるため、結果的に普遍性の高い作品へと昇華されている。それが証拠に本作は、NHK土曜時代劇「オトコマエ!」の主題歌にも抜擢された。因に「オトコマエ!」は、作家であり時代劇の脚本家としても知られる井川香四郎氏の原作による痛快連作時代劇小説「梟与力吟味帳」シリーズをテレビ化したもの。仕事にプライベートに様々な問題を抱えながらも、世直しという大きな夢に立ち向かう青年与力の葛藤や奮闘ぶりが描かれているのだが、その内容と「涙」の詞世界がみごとにリンクしている。いつの時代にも生き方や人生のスタイルには答えはない。だからこそ皆揺れるのだし、自分なりのスタイルを見出した時の充実感も大きいのである。
語弊をおそれずにいうならこの「涙」には、ともすれば痛烈なメッセージソングとも受け取られかねない強さとキレがある。だけど、いわゆる“メッセージソング”には聞こえない。なぜなら中村のキャリアに裏打ちされたヴォーカルが、心地よい余韻を残すポップ・ミュージックへと研摩しているからだ。かつて彼が「歌の基本はデビュー曲の「ふれあい」なんです」と言っていたことを思い出す。朴訥とした歌い方でお世辞にも聴き映えのする表現ではないにもかかわらず、無邪気な歌であるがゆえ、作品に託された心情がストレートに伝わったから、という理由からだ。さらに、ピアノ&ストリングスを軸にしたシンプルなサウンド・デザインも、耳に優しい作品に仕上げることにひと役買っている。デビュー35年目の今もなお、原点を大事にするスタンスと歌の包容力が、アクを中和している。これこそここ最近の中村作品の真骨頂といっていい。この作品が“彼が新たに踏み出した力強い大きな1歩”である理由はそんなところにある。
そんな渾身の新曲に続き、7月23日には、意外にも彼のキャリアにおいて初となるDVD作品もリリースされる。これは、'94年と'97年に日本武道館で行ったコンサートからベスト・パフォーマンスを厳選して収録したライブDVD。大ヒット・ナンバー「ふれあい」「俺たちの旅」「心の色」「恋人も濡れる街角」…はもちろんのこと、吉田拓郎、小椋佳、桑田佳祐、高見沢俊彦、飛鳥涼、米米CLUB、織田哲郎…ら、日本の音楽シーンを牽引し彩ってきた大御所アーティストによる提供楽曲も網羅した、まさにベストな作品集。既にデッドストックな映像もあり、プレミア感も強い。
ただそうしたプレミア感以上に、これからの活動における意思表示ともとれる新曲と、35年のキャリアを総括するような映像作品を立て続けに発表する意味合いのほうが気になる。ここを節目に新たな扉が開かれるのでは…というのは勘繰り過ぎか?
秋には恒例の全国ツアーもスタートする。彼自身の目論見は徐々に明らかになるだろうが、その前に音楽人・中村雅俊の魅力を再確認して欲しい。未だ旅の途中を標榜する無邪気な音楽少年の歌には、今を生きるうえでのヒントが隠れているはずだから。 |